名古屋地方裁判所 平成12年(行ウ)23号 判決 2000年12月08日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対して平成一〇年七月三日付けでなした原告の平成五年六月二七日相続開始に係る相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、異議を認めて取り消した部分を除く)を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、被相続人の特別縁故者として家庭裁判所の審判により財産の分与を受けた原告が、審判確定時に施行されていた相続税関係法令に基づき相続税の申告をしたところ、被告が相続開始時に施行されていた相続税関係法令を適用して相続税額を更正する処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右両処分を併せて「本件課税処分」という。)を行ったのに対し、原告が、本件課税処分は適用すべき相続税関係法令を誤るなどしたもので違法であると主張して、異議申立てにより一部取り消された部分を除き、その取消しを求めた事案である。
二 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定可能な事実)
1 相続の開始及び財産の取得
原告は、平成五年六月二七日(以下「相続開始日」という。)に死亡した亡a(以下「被相続人」という。)の遺産について、民法九五八条の三の規定に基づき、名古屋家庭裁判所に対して財産分与の請求を行った。同裁判所は、平成七年九月二五日、被相続人の相続財産の全部(以下「本件相続財産」という。)を原告に分与する旨の審判をなし、右審判は同年一〇月一二日(以下「審判確定日」という。)に確定した。
2 本件相続財産の状況
本件相続財産は、別表2記載の各土地(以下「本件各土地」という。)のほか、家屋及び構築物(価額合計四一三万三三一二円)、有価証券(価額合計二八一万三八六八円)、現金及び預貯金(一六〇五万九九九三円)、家庭用財産(六万〇三〇〇円)からなり、被相続人の葬式費用の額は合計二二〇万七九九〇円で、債務はない。相続開始日当時の本件各土地の登記簿上の地積は別表2の地積欄記載のとおりであり、利用状況は同表の利用区分欄のとおりである(以下、同表番号1及び2の土地を併せて「A宅地」と、同3及び4の土地を併せて「B宅地」という。)。被相続人につき法定相続人は存在しない(以上につき乙一、弁論の全趣旨)。
3 本件各土地の面積及び単価
原告は、審判確定日の後である平成八年六月七日に本件各土地をいったんすべて合筆した後、別表3のとおり分筆したが、右合筆及び分筆の際に原告が本件各土地を測量したところ、その実測地積の合計は別表3のとおり二三七〇・三七平方メートルであった。右測量の際の本件各土地の範囲及びその周辺土地との境界は相続開始日以前の状況と変化していない。審判確定日当時のA宅地の一平方メートル当たりの評価額は三六万九七五〇円、B宅地の一平方メートル当たりの評価額は三四万〇一六七円である(乙一)。
4 相続税関係法令の改正状況
相続税法及び租税特別措置法について、相続開始日と審判確定日を比較した場合、相続税額の算定に影響する改正がなされたところ、本件に関連性を有する部分の内容は別紙1及び2のとおりである(以下、相続開始日に適用される平成六年法律第二三号による改正前の相続税法を「相続時法」、審判確定日に適用される右改正後の相続税法を「審判時法」、相続開始日に適用される平成六年法律第二二号による改正前の租税特別措置法を「相続時措置法」、審判確定日に適用される右改正後で平成一一年法律第九号による改正前の租税特別措置法を「審判時措置法」という。)。
5 本件課税処分の経緯等
(一) 原告が前記1の審判により取得した財産に係る相続税(以下「本件相続税」という。)に関する原告の申告、本件課税処分及び異議申立て等の経緯並びにその内容は別表1のとおりである。
(二) 原告が申告した相続税に係る財産、債務及び葬式費用の明細並びに課税価格等の計算の内容は、別表5及び6の原告申告額欄のとおりである(以上につき乙一ないし四)。原告は申告時の課税価格の算定に当たり、本件各土地の地積については別表2の地積欄のとおりとしていたほか、別表2の番号1の土地については審判時措置法六九条の三第一項二号の規定を適用し、二〇〇平方メートルの部分につき五〇パーセントの減額をして同土地の価額を二億三四〇五万一七五〇円と算定し、同表番号2の土地を二億五七七一万五七五〇円と評価して、A宅地の評価額を四億九一七六万七五〇〇円、B土地の評価額を二億六〇二七万一一二六円として申告した。また、原告は、審判時法に基づき税額を算定し、別表6の原告申告額欄記載のとおり納付すべき税額を算定した。
(三) 被告は、前記3の実測地積に基づき、相続時法を適用して税額を求め、本件課税処分を行った。しかし、被告は本件課税処分において、A宅地に係る租税特別措置法六九条の三の減額割合を五〇パーセントとしていたため、異議決定は右割合を相続時措置法の定める六〇パーセントに変更し、これに基づいて本件課税処分を別表1のとおり一部取り消した。本件課税処分(異議決定により変更したもの)の内容は次の(1)ないし(3)のとおりであり、本件における被告の主張はこれと同一である。
(1) 本件相続財産のうち、本件各土地の評価額は、後記三2(一)のとおり算定した実際の地積に前記3の一平方メートル当たりの単価を乗じた上、A宅地につき相続時措置法による減額を適用すると、別表4の2のとおりの価額となり、その合計額は七億五八二六万二三二二円となる。
(2) 課税価格は、右価額に、本件各土地以外の財産の価額合計二三〇六万七四七三円を加算した上、債務及び葬式費用二二〇万七九九〇円を控除し、国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた七億七九一二万一〇〇〇円となる。そして、右課税価格を基礎に、相続時法を適用して原告の納付すべき税額を計算すると、別表6の被告主張額欄記載のとおり四億七〇〇一万四三〇〇円(国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)となる。
(3) 原告が相続税を過少に申告していたことにつき正当な理由はないから、原告は新たに納付すべき税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)に一〇〇分の一〇を乗じて計算された過少申告加算税の納付義務を負う。
三 争点
1 本件相続税の算定に適用すべきは、相続開始日に適用される相続時法及び相続時措置法か、審判確定日に適用される審判時法及び審判時措置法か。
(一) 原告の主張
(1) 国税通則法一五条二項四号は、相続税については相続又は遺贈による財産の取得の時に納税義務が成立する旨定めている。そして、特別縁故者への財産分与による財産の取得は、被相続人からの承継取得ではなく、相続財産法人からの無償贈与によるものであると解すべきであるから、審判の確定とともに権利が移転することとなる。したがって、特別縁故者に関する相続税の納税義務の成立時期は財産の取得の時、すなわち審判確定日となるから、これについて適用されるべき課税関係法令も審判確定日に適用されるべきものでなければならない。
(2) 税法上、納税義務者、課税物件、課税標準及び税率の四つを課税要件と呼ぶが、相続税の課税標準は「取得された相続財産の課税の価格から法定の控除額を控除した金額」とされており、「取得された相続財産」がない限り相続税の納税義務は発生し得ない。したがって、財産の取得がなく、単に相続が開始しただけの状態で相続税の納税義務が発生することは絶対にない。そして、納税義務の成立時期を相続開始時に遡及させるためにはその旨の明文の規定を要すると解すべきところ、相続税法にはそのような規定は存しない。なお、相続税法三条の二は、民法九五八条の三第一項による財産の取得について被相続人から遺贈により取得したものとみなす旨定めているが、これは従来所得税による課税の対象とされていたものを相続税の課税対象に取り込むために設けられた規定にすぎず、納税義務の成立時期を遡及させる旨を明らかに規定したものではないから、納税義務の成立時期とは無関係である。
(3) 被告は後記(二)(3)のとおり、相続税法は相続開始時を基準として課税を行うことを予定している旨主張するが、税法は実体法上の権利の発生や移転を前提に課税関係を考える建前を採用しており、特段の規定がない限り、実体法上の権利関係を無視して課税をなすことは許されない。また、被告は法の課税体系を問題にするが、地方税法が特別縁故者への財産分与に関する不動産取得税について納税義務の成立時を審判確定時としていることにかんがみれば、相続税についても同様の解釈がなされるべきである。
(二) 被告の主張
(1) 民法九五八条の三の財産分与制度は、遺言制度が十分に活用されなかったために相続人不存在の場合が増加したことから、遺言制度を補充する趣旨で昭和三七年に新設されたものである。右財産の分与は、当初は相続財産法人からの贈与であるとして所得税の課税対象とされていたが、その趣旨が遺言制度の補充にあること及び特別縁故者の範囲が被相続人と生計を同じくしていた者などに限られていることから、相続税法の規定を適用するのが相当であるとして、昭和三九年法律第二三号により相続税法三条の二が新設された。
(2) 国税通則法一五条二項四号は、相続税の納税義務は相続又は遺贈による財産の取得の時に成立する旨定めているが、相続又は遺贈による財産の取得の時とは被相続人又は遺贈者の死亡の時を指す。そして、相続税法三条の二は、特別縁故者への相続財産の分与につき被相続人から遺贈により取得したものとみなす旨規定しているところ、右(1)のとおりその趣旨が遺言制度の補充たる特別縁故者への財産分与の性質を課税上も考慮しようとしたものであることに照らせば、特別縁故者への相続財産分与による財産の取得時期は、民法上の取得時期いかんにかかわらず、相続税法上は遺贈の場合と同様に相続開始時であると解すべきであり、その課税については相続開始時に施行されていた法が適用されると解すべきである。
(3) また、相続税法は、遺産分割を仮装した租税回避又は脱税を防止するとともに、相続人間の税負担の公平を期するために、民法上の法定相続人が法定相続分に従って遺産を分割取得したものとして相続税の総額を計算し、その相続税の総額を、実際に遺産を取得した者がその取得分に応じて按分納付するという法定相続分課税方式による遺産取得税方式を採用している(一一条、一六条及び一七条)。相続税法がこのような課税方式を採用していることは、すべての相続税納税義務者について、相続開始時を基準とした課税を行うことを予定していることを示すものである。さらに、当初申告と修正申告が同一の法令に準拠すべきものであることはいうまでもないところ、相続税法は、相続開始時に遺贈を受けて相続税の申告書を提出した者が、その後相続税法三条の二に規定する事由(特別縁故者への財産分与)が生じたために既に確定した相続税額に不足を生じた場合には、その財産分与があったことを知った日の翌日から一〇か月以内に修正申告書を提出しなければならない旨規定しており(三一条)、反対に相続税額が過大となった場合には更正の請求をすることができる旨規定している(三二条五号)。右規定の存在からも、財産分与による財産の取得時期が相続開始時であり、その課税については相続開始時の法が適用されるべきであることが明らかである。
2 本件各土地の評価額の算定の基礎となる面積として、審判確定日後に判明した実測面積を使用することの可否
(一) 被告の主張
相続財産である土地の評価は国税庁が定める「相続税財産評価に関する基本通達」(以下「基本通達」という。)に依拠して行われているところ、基本通達の八は、当該土地の実際の地積によりその評価額を算定すべきであるとしている。登記簿上の地積はあくまで実際の地積を認定するための証拠方法にすぎないのであり、本件のように後の測量により相続対象土地の実際の地積が登記簿上の地積と異なることが判明した場合、実測による地積に基づきその価額を算定するのが正当である。
本件各土地の面積は実測により全体として登記簿上の地積より四〇・二二平方メートル増加しているが、本件各土地がいったん合筆されていることから、本件各土地のうちどの部分の地積が増加したかは不明である。したがって、増加した面積を本件各土地の登記簿上の面積に応じて按分する方法によりそれぞれの土地の評価額を算定するのが相当であり、被告は右方法によって別表4のとおりA宅地の実際の面積を一四五四・六八平方メートル、B宅地の面積を九一五・六九平方メートルと算定して、右各土地の評価額を算出した。
(二) 原告の主張
相続開始後現在までの間に、本件各土地の範囲及び境界が変動した事実はなく、現在本件各土地の面積が被告主張の面積であることは争わない。しかしながら、測量をする者によって測量の結果たる面積は異なるものであるから、相続税の算定の基礎となる土地の面積は、相続開始日又は審判確定日当時に判明していた測量結果に基づく数値によるべきであり、その後の測量によって判明した数値である実測面積を課税の基礎として使用することは許されない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(適用すべき相続税関係法令)について
1 相続税法一一条は、相続税の課税について、「相続又は遺贈に因り財産を取得した者の被相続人からこれらの事由に因り財産を取得したすべての者に係る相続税の総額を計算し、当該総額を基礎としてそれぞれこれらの事由に因り財産を取得した者に係る相続税額として計算した金額により、課する。」ものと規定し、相続税の総額を計算の基礎とすることを明らかにするとともに、一六条で相続税の総額について、同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者に係る相続税の課税価格に相当する金額の合計額からその遺産に係る基礎控除額及び遺産に係る配偶者控除額を控除した金額を当該被相続人の法定相続人が法定相続分に応じて取得したものとした場合におけるその各取得金額に超過累進税率を適用して算出した金額の合計額であるとし、一七条で各相続人等の相続税額について相続税の総額を基礎とした計算方法を定めている。このように、相続税法が法定相続分課税方式による遺産取得税方式を採用しているということは、相続税法がすべての相続税納税義務者について相続開始時を基準とした課税を行うことを予定していることを示すものにほかならない(同旨、最高裁判所第一小法廷昭和六三年一二月一日判決)。
2 原告は、納税義務の発生時期を根拠に種々の主張をするが、停止条件付遺贈を受けた者のように納税義務の発生時期が相続開始時と異なる場合であっても、法定相続分課税方式による遺産取得税方式の下では相続開始時を基準として課税を受けると解すべきであるから、納税義務の発生時期を根拠に適用法の基準時を争う原告の主張は失当である。現実的にみても、原告主張のように解した場合、遺贈により相続財産の一部を取得した者と後日特別縁故者として財産分与を受けた者がいる時には、適用すべき法がまちまちとなって相続税法一六条により相続税の総額を計算することが不可能になる場合が生じ得るから、その不当性は明らかである。
3 したがって、本件につき適用されるべき法律は、相続開始日に施行されていた相続時法及び相続時措置法であると解すべきであり、右各法律を適用してなされた本件課税処分(ただし、一部取消後のもの)に違法はない。
二 争点2(本件各土地の面積)について
相続税法二二条は、相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は当該財産の取得の時における時価による旨定めている。これは、取得された財産の客観的価値に従って課税する趣旨を明らかにしたものと解すべきであり、基本通達の八が当該土地の実際の地積によりその評価額を算定すべきであるとするのも同様の趣旨によると考えられる。したがって、相続対象土地の客観的な面積が把握できる以上、課税庁はその面積に従ってその価格を算出し、課税をなすべきであり、被告が本件各土地の実測面積に従って本件課税処分を行ったことに違法はない。原告は測量をする者によって測量の結果たる面積は異なるとして、時間的経過に従って土地の客観的面積が変動するかのような主張をするが、右は独自の見解であって到底採用できない。
三 結論
そうすると、前記第二の事実関係の下で、実測地積に基づき、相続時法及び相続時措置法を適用してなされた本件課税処分(ただし、一部取り消された後のもの)は適法になされたものというべきであるから、これを違法とする原告の請求にはいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 橋本都月 裁判官 富岡貴美)